宇多田ヒカル最新アルバム「初恋」。この音楽の感想はどれだけ時間がかかっても言葉にしてみたいと思った。

「Automatic/time will tell」がリリースされた年、あっという間に平成の音楽の新時代が始まった。

決しておおげさではなく、当時手がけた音楽が日本中で流れていた小室哲哉。
デビュー時の衝撃の大きさから彼に「引導を渡された」と言わしめた宇多田ヒカル。

邦楽という音楽が一瞬にして窮屈で色あせたものに感じるくらい、彼女の登場に業界だけでなく世間が驚いたと思う。

それまでも海の向こうの音楽をエッセンスにして作られていた日本語の曲はたくさんあったはずだ。
しかしこれほどまでにはっきりと新しい外国の匂いを感じさせてくれた音楽はなかった。

そう感じたのがわたしだけじゃなかったからこそ、1stアルバム「First Love」は死ぬほど売れたんじゃないかと思う。
CD全盛期だったこともあるけれど。

そんな新時代の象徴「First Love」から20年後の今を映し出す「初恋」はどんなアルバムだろう。

今日も歌詞カード、いやブックレットをめくりながら話していきたいと思う。

曲が持つストーリーの普遍性

宇多田ヒカルの音楽は、鳴っている音の世界観に対して歌詞は意外にもわかりやすい。

晴れた日曜日の改札口は
誰かを待つ人たちで色づき始め

現在進行形の現実を切り取ったような親しみやすささえ感じる言葉だ。自分の日常とリンクするような言葉も出てくるだろう。

ただこういう具体的な歌詞は、彼女の体験に基づいたリアルさなのか?という興味もある。

でも歌詞につづられる風景は自然と頭の中に立ち上がってくる。

このつかみどころのない現象の正体は、インタビューで語った彼女のこの言葉に尽きる。

多分、私にとって主観性と客観性がほぼ同じものなんですね。
だから主観的になればなるほど客観的にもなっていく。
(中略)
歌詞が面白いのは、私がパーソナルな体験や自分の気持ちを露骨に追求すればするほど、同時に普遍的な曲にもなるということで。
それは逆も然りなんですね。
普遍的な感じにしようと思って、あまり自分の体験からといった発想も無く書いた歌が、後になって『ああ、私の中にそんな気持ちが強かったんだ?』と、自分の原点的な感情に気付かされることもあって。

出典:SWITCH

曲のストーリーを決めてその人物像の目線から書くフィクションの歌詞。

しかし気がつくとごく個人的な感情がにじんでいる。

わざわざ自分と離した無意識から出た言葉だからこそ、結果的に暴かれたものは本音なのだ。

だから彼女の音楽は、制作過程の自覚と無自覚が生み出した世界観をまとっていると思う。

フィクションでもどこかにリアルを感じるのは、温度を持った彼女の思いが宿っているからだ。

前作「Fantome」はもちろんフィクションがありつつも、亡き母への思いを静かに熱くさらけだしていた。

弔って前に進んでいくために必要な作品だったと思うけれど、わたしが自分勝手に切なくなってしまうのであまり聴けない。

今回の「初恋」は、フィクションに宿った本音を彼女自身が見つけて楽しんでいるように感じる。

彼女の今とつながれる気がしてとてもうれしく、聴くたびに心地良い。

1曲ずつの感想

Play A Love Song


リズムパターンとゴスペル調のコーラスも相まって、聴いていて終始すごく楽しい曲だ。
差し込まれるキーボとピアノの旋律がアクセントになっている。

宇多田ヒカルの歌詞はどこか奥ゆかしい。
それが英語の歌詞になったとたん、情熱的な言葉がならんでドキっとする。
英語の方が単語の持つ意味がストレートなぶん、より本音に近いのかなと思わせる。
このバランスを兼ね備えたさわやかな音が好きだ。

あなた


管楽器のバッキングが歌声にからんで「あなた」という言葉へのつながりが強調される。
どのパートでも洪水のように音が溢れ出して全体的に熱く力強い印象。

あなた以外なんにもいらない
大概の問題は取るに足らない
多くは望まない 神様お願い
代り映えしない明日をください

祈りのような強い思いをまっすぐに投げかけている。

初恋


宇多田ヒカルがいう初恋とは「自分以外の人間との初めての深い関わり」を意味している。
そして彼女にとってその具体的な対象は両親だと語っていた。(SONGSより)
愛をこういう言葉で表現できる感性がただただ美しいなと思う。

うるさいほどに高鳴る胸が
柄にもなく竦(すく)む足が今
静かに頬をを伝う涙が
私に知らせる これが初恋と

はじめて聴いたとき、この倒置で言葉を止めるセンスに痺れて叫んだ。
なにが、どんな状況が初恋か。
英詞のパートは響きを含めて本当にため息が出るくらい美しい。
サビの詩の表現の機微さえ、ひとつひとつがとても尊いものに思える。
こんなことあえて言葉にすることが野暮に思えるほど、詩から感じてほしい美しい情景がたくさん散りばめられている。

誓い


↑30秒ほど視聴できるので聴きながら読んでいただきたい。
ストレートで情熱的な詩。
6/8拍子ゆえのリズムの取りにくささえも、詩が乗るとさざなみのように押し寄せてくる。
耳が多彩なリズムパターンを乗りこなしてくるとこの上なく気持ちよく聴ける。

そんなの誰かを喜ばすためのもの

ここで歌詞とリズムが一度ガシッとはまるのがたまらない。
一筋縄でいかない変拍子気味な音が引き起こす世界観が好きなのかもしれない。

Forevermore


冒頭の弦の音そのものがすでに物言いたげで一気に曲の世界に引き込まれていく。
愛してると繰り返し歌いながら、同時に悲痛さをはらんでいる。
意味を並べ立てるほどに、愛してるが切なく響く。
そんな逆説的な愛の表現にただただ圧倒されるばかり。

Too Proud


英詞ラップのパートが半分くらいを占める。
詩から意味を類推する限り、これは大人の社会問題を真正面から表現した歌だ。
前作「Fantome」からこういう雰囲気の曲がでてきたことによってまた新しい扉が開いた。

Good Night

Good Night
宇多田ヒカル
J-Pop
¥250

半音階ずつ降りるメロディーが耳に残る。
この曲で感じるべきはGoodbye、Good Nightが織りなす余白の部分かもしれない。
短い曲のなかに濃い音が凝縮されているように感じる。
高音がやさしく降り注ぐようで、アルバムを通して一番好きな曲。

パクチーの唄

パクチーの唄
宇多田ヒカル
J-Pop
¥250

今までの流れを良い意味でリセットする変な唄。
アルペジオがピアノがベースがすごくやさしくて音が丸くて、心底癒されるなあ。

残り香

残り香
宇多田ヒカル
J-Pop
¥250

退廃的でだらしのない色気が漂うようだ。
鍵盤の荘厳さや曲のまとう雰囲気が、松任谷由実の「翳(かげ)りゆく部屋」を彷彿とさせて好き。
日曜夕方に感じる喪失感に似ている。
たまに聴いてじわじわと気分を打ちのめされたくなる。

大空で抱きしめて

大空で抱きしめて
宇多田ヒカル
J-Pop
¥250

また流れが一気に変わる。
サビの語感とストリングスが寄せては返す波のようで心地よく絡み合って聴ける。
ストリングスも攻撃的でキリっとしていて存在感のある曲。

夕凪

夕凪
宇多田ヒカル
J-Pop
¥250

ベースとドラムのリズム隊の音に揺られ、水平線を眺めるような感覚。
この曲は前作「Fantome」とつながっていて、もう目には見えない亡き者をただ静かに感じているのだなと確信した。
本来居心地悪いはずの和音がぶつかる民族的な旋律に心地よさを感じたりして、終末的な世界観に酔いしれる。
うまく言い表せないけどモンゴルのホーミーのような。
関係ないけど個人的にはこの曲でめっちゃ寝落ちする。

嫉妬されるべき人生

嫉妬されるべき人生
宇多田ヒカル
J-Pop
¥250

歌詞を追うにつれて感じるこの曲のストーリーの分かりやすさ。
これはこの記事で話してきた、フィクションでありノンフィクションである普遍性の集大成だと思った。
ただ言葉の熱量自体は高くて、サビの強い決意の部分はバシバシ伝わってくる。
音はどこか無機質でクール。
この対比・バランスだよ。これがいまの宇多田ヒカルだと曲が示している気がする。

聞き流せないアルバム

「First Love」で平成の音楽の景色を新しく塗り替えて、平成最後の今年に「初恋」がリリースされたことに勝手に縁を感じている。

洗練された音の集合体ゆえに、なんとなく流しているとサラッと終わってしまう。

しかしあらためて注意深く聴いてみると、これほどまでに濃いアルバムもないんじゃないかと思う。

どこか他人事とは思えないストーリーの数々。ひとつひとつが戯曲のようなアルバム。

次に見せてくれる未来も明るいものだとうれしい。

最後に。
南アルプススパークリング(炭酸水)のCMで見せる、無邪気でみずみずしいヒッキーがまぶしくて大好きだ。

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